最高裁判所第一小法廷 昭和22(れ)70 判決
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人堤牧太の上告趣意第一点は「原判決には理由不備の違法ありと信ずる。即
ち原判決は其主文に於て「被告人を懲役十年に処する。当審に於ける未決勾留日数
百二十日を右本刑に算入する。原審並当審に於ける訴訟費用は全部被告人の負担と
する。」と言渡した、然るに原判決理由の部には「法律に照すと、被告人の判示所
為は刑法第二百三十八条第二百四十条前段に該当するので、所定刑中有期懲役刑を
選択して処断すべきだが、被告人には前示の如き前科があるので、刑法第五十六条
第五十七条に則り、同法第十四条の制限内で再犯の加重をなした刑期範囲内で、被
告人を懲役十年に処し、尚原審並に当審に於ける訴訟費用は刑事訴訟法第二百三十
七条に則つて全部被告人に負担させることゝした。以上の次第て主文の様に判決す
る」と説示しあるに止まり、同しく主文に掲けられたる未決勾留日数中百二十日通
算の点に付ては果して如何なる理由と如何なる法令の規定に基き言渡したのが毫末
もその理由が示されて居ない。そこで原判決には理由不備があつて、此点に於て原
判決は破毀を免かれないものと信する(大審院昭和八年(れ)第三八七号事件、昭
和八年五月三十一日第三刑事部判決参照)」というにある。
しかし、原判決を見ると、所論の未決勾留日数通算の点に関しては、「刑法第二
十一条を適用し当審に於ける未決勾留日数百二十日を右本刑に算入する」旨説示さ
れてあるばかりでなく、未決勾留日数の通算は、裁判所の自由裁量に属するところ
であるから、原審が前記のように説示しただけで、何故に百二十日通算するのを相
当とするかの理由を詳細に説明しなかつたからというて、これをもつて直ちに理由
不備の違法あるものと為すことはできない。論旨は理由がない。
同上告趣意第二点は「原判決は其理由として「被告人は終戦以来定職なく、知り
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合ひの朝鮮人と共に食糧品日用品等の闇ブローカーをして居たものであるが、昭和
二十一年六月十六日午後十一時半頃、窃盗の目的で、宮崎市ab丁目A組合事務室
の西側硝子窓を開いて、同室内に忍び入り、燐寸を点して、目的物を物色中、当時
度々盗難に遭つた為、偶々同夜予め右事務室内に張り込んて警戒して居た前記組合
常務理事Bの発見するところとなり、同人から訓練用木製薙刀(証第十三号)て前
頭部を強打され、更に組み付かれたが之を振離して前記窓口から戸外に逃げ出たと
ころ、右Bと同様、同夜右事務室向い側の自宅へ警戒中の同組合理事Cから組み付
かれ、同事務所前の路上て取り押えられようとしたので、逮捕を免かれる為、右C
に対し、咬み付く等の暴行を加え、其の為同人の右肘関節外側部等に治療二週間を
要する咬傷等の傷害を加えたものである」と認定し、之を準強盗傷人として懲役十
年に処して居る。而して右事実中被告人が判示の頃、判示組合事務所の横の地上て
B、C等から取押えられ且自ら顔面に打撲症を受け、又Cの肘に噛付き負傷せしめ
たことは被告人に於て認めて居るが、被告人が窃盗の目的を以て事務室に侵入して
打たれて、組付かれ西側窓口から飛出して逃走せんと企てたと言う点は被告人は本
件検挙以来原審公判の最終に至るまで否認し続けて居ることは記録上明かであつて、
原判決は右判示事実認定の資料として、B、C両名に対する第一、二審の証人訊問
調書、予審第一審に於ける各検証調書等を引用して居るが、若し右B及Cの各証言
が真実て少しの相違も誇張もないとすれば、原判決の認定は妥当てあると断して差
支あるまいか、(1)証人Bの第一、二審に於ける供述に付て(イ)事務室内に於
て訓練用木製薙刀て被告人を強打したと言うのはどうであらうか、同証人供述の様
に右薙刀か一打ちて二つに折れる程強打した上之に組み付きしに被告人が振切つて
逃け出し西側の窓から外部に飛出したものとすれば第一審証人Dの証言により認め
らるゝ被告人の左額から頭髪の生え際にかけて約六糎位の長さの打撲傷があるので
相当の血痕が室内各所は勿論組み付いて振切られたBの着衣等にも付いて居るへき
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ものと認めるのが条理上当然ではあるまいか、由来頭部から上方の傷は出血が夥し
いことは医家の意見を徴する迄もなく一般人の常識とするところである。然るに本
件記録上血痕のことは原審のBの訊問までも少しも表はれて居ない。原審証人Bの
証言でも被告人が飛び出したと言ふ西側の窓際に積み重ねあつたイリコ入りの袋の
上に僅か血痕があつたのを見たのみで他には気付かなんだと言ふ程度で、而かも此
血痕のことは弁護人より検証及証人訊問申請の理由として申立てたことあつて原審
検証の現場て訊問を受けた同証人が如何なる経緯から血痕のことを申立てたのか夫
れに立会はなかつた当弁護人には判らないか、若し血痕かあつたとすれば予審並原
審の証人訊問に於て申立つへき機会は多かつたことゝ思はれるのに一言の之に及ぶ
ものなかりしは如何、又事件発生直後警察官が現場を見た(原審証人Cの供述)と
したら血痕を見逃かす筈はあるまいか、実況見分書さへ作つた形跡のない本件ては、
血痕の存在事実は認むるに由ないことゝ言はねばならぬ、尚仮りにBかイリコ入り
の袋に僅少ても血痕あるを認めたとしたら大事な証拠として保存せねばなるまい、
被告人か事務室に入つて叩かれたことはないと検挙当初より主張する以上血痕のこ
とが第二審の証拠調の申請迄不問に付せられて居たことは単に調査の不十分とのみ
片付けらるへきてはあるまい、寧ろB証人の第二審に於ける血痕付着の証言は事務
室内て打撲したと言ふ自己の供述を裏付けんと試みた工作ではあるまいか。(ロ)
判示の頃降雨中であつたこと、被告人が取押へられた附近に下駄かなかつたことは
本件記録上明かてある(被告人は下駄を穿ち居りしと弁明す)若し跣足であつたと
すれは、乗り越えたと認められて居る窓の敷居や、室内の板張りに相当の足痕が付
着して居るものと認めるのか条理の命するところてはあるまいか、然るにBの第二
審の証言によれば窓には気付かぬ、板張に僅かに足痕を認めた、又西側の窓際の下
のイリコ入り袋の上に外方に向いた足痕が一つあつたと言ふのみである。(ハ)当
夜事務室内に警戒中「コトツ」と聞へ次てコトンコトンと二回音がしたのて、初め
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は鼠か猫と思つたが云々とあるが深夜神経を尖らして警戒し居たBか聞いたと言ふ
右程度位の物音て内側から栓を入れて戸締りしてあつた西側の窓の硝子か取外され
るのてあらうか、之れも一つの疑問てる、(二)B名義昭和二十一年六月十七日附
事実申立書(記録二九丁)には「云々警戒中十一時四十分頃硝子戸ノ方ガコトコト
二回音シフライパンノ落チタ音ガシタンデ特ニ気ヲ付ケテ居ニマスト倉庫内ニ侵入
燐寸ヲスリマシタノデ直チニ飛ヒ掛ルト同時ニC理事ヲ大声ニテ呼ヒマシタトコロ
泥棒ハ必死トナツテ私ヲ振ハナシ侵入シタ場所カラ飛ヒ出シテ逃走セントシマシタ
カC理事カ飛ヒ掛リ相協力大格闘ノ上遂ニ逮捕云々」と記載され事務室内て薙刀て
賊を撲つたことは少しも記載してないのは何故てあらうか、Bは当初から、ありの
まゝのことを申立つる人ならは被告人を殴つたことを何故書かなかつたであらうか、
若し逮捕後に被告人の顔面の傷を見て自己の責任を感して申立書に書かなかつたも
のとせば、此人は自己の都合のためを思へは事実をそのまゝ書き又は申立つる事を
敢てせぬ人と断しても差支へなからう、左すれば此の証言乃至申立書を無条件て受
入るゝことは危険千万であると言はねばなるまい。(2)証人Cの第一、二審の供
述を通して同証人の証言がBの証言と一致している事は怪しむに足らないからBの
証言にして措信し難い点がありとすればCの証言の信憑力に付ても相当の検討を必
要とするであらふ此Cも血痕のことは第二審に至り弁護人から「いりこの袋に血か
付いていたのを見たか」と問はれ始めて「その晩には気附きませんでしたが翌日見
た時気附きました」と供述せしのみで、夫れまでは曾て此の点に付て証言せさりし
ことは本件記録上明白てある、而して更に弁護人から問はれて「私は当時此の事件
か左程問題にならうとは思ひませんでしたので左様なこと(血痕附着のイリコ袋を
証拠品として保存し置くこと)迄は気付きませんでした」供述して居るか屡組合事
務所に盗難ありて、その前夜も組合か盗難に罹つたのて当夜は特にBと二人て内外
から警戒し合ひ居りしところに偶々本件が起り、Cは賊に組付き格闘の際肘を咬み
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付かれて治療二週間を要する創傷を負ふて居るから、相当深刻に考へらるへき事件
てあるから右の供述は自己の責任免れの供述か、又は血痕付着のことはBか訊問を
受けて供述したので之に符合せしむる意図の下になされたものてはあるまいか、(
3)本件発生の前後に亘り組合が盗難に罹りしことは記録上明白で殊にBの第二審
の証言(第五十二、五十三問答)によれば本件前の数回の盗難の場合に於ける賊の
手口は何時も異つて居たこと並本件後にも一度盗難にかゝつたことか認められる点
から見れは被告人以外に組合に侵入した賊があつたことは想像して差支へなからう、
従つて被告人方捜索の末発見されたイリコや鍋をBが自分の組合以外にない品であ
ると証言して居る点も容易に信用し得ないてあらう。以上の如く、B、Cの各証言
の信憑力か疑はれて来れば、その後に考へられることは、B、Cは前来度々の盗難、
就中本件前夜の盗難に付て自分等の職責上責任を感し判示の夜Bは護身用として判
示の薙刀を携へ組合事務室の周囲を巡視中偶被告人かその弁解する様に判示組合事
務所の横を通行中暗夜のことで何かに躓き倒れた際Bは畢定賊なりと早合点して所
携の薙刀て殴打してCに知らせたので、被告人は驚き、若し賊と誤解されたら前科
多く、而かもその前年宮崎署に窃盗の嫌疑て留置されれ、空襲のため一時帰宅を許
されたか、その後出頭せなかつた弱点かあるのでそのまゝ引致さるれは其頃結婚し
た許りの内縁の妻Eに前科者と判り逃げられてはと考えなるへくその場を遁れんと
考へて逃け出したのでB、Cは之を追ふて被告人を逮捕して警官に引渡したか、被
告人の顔面の創を見て、自己の所為を理由付けんと欲して室内に侵入したやうに装
ひ、始めは殴打のことは秘して居りしも事件の取調が進んだので室内て殴り格闘の
末賊か窓から逃出したのてCと協力して之を逮捕したやうに申立てたのてはあるま
いか、一旦室内に侵入した賊を殴打したと申立てた以上取調の進むに従ひ始めの供
述の維持に力めんとするに人情の已むないところであらふ、斯く論し来れは右B、
Cの原判決引用の証言は条理上措信の価値なきやうに思はれるのに原審は易々之を
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信用し、之を主な資料として前判示の如き事実を認定したのは結局採証の法則に違
反し証拠価値のない証拠に基いて事実を認定した違法あるに帰し、原判決は此の一
点に於ても破毀を免れないものと信する、少くとも本件の証拠関係に於て被告人に
原判決のやうな犯行ありと認めることは客観的に非常な危険ありと信せらるゝから
再審理の機会を与へらるゝやう原判決を破毀して頂くため之れも上告理由の一点と
して訴へたのである」といゝ弁護人江川甚一郎の上告趣意は「先前提として申上け
たい日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律に依り刑事訴訟
法第四百十二条第四百十四条即ち顕著なる量刑の不当重大なる事実の誤認を上告の
理由とすることが出来ると言ふ規定は廃止せられたのてあるか、それは二審裁判所
をして慎重に公正に社会常識を活用して事実の認定刑の量定に不当なからしむると
の見地から出たものであつて実験則から見て証拠引用が不当である場合之を上告の
理由とすることを禁止するものでないこと勿論であると信ずる今本件の記録を見る
と本件の事実は昭和二十一年六月十六日の出来事である而かも即時の発覚であるの
に之が検事局に送致せられたのは同年の九月六日で正に八十数日後である、而して
其間強盗傷人事件としての取扱は少しもされて居らない、即ち実地の見分や検証の
事は何もしてないのである報告も検事局にしてないのである唯してあるのは被告人
の家宅捜索(非公式の)と家宅にあつた衣料品に付大阪辺りまで照会したに過きな
い、苟くも捜査に携はるものである以上捜査記録に表はれて居る通りの事実があつ
たものとしたら強盗傷人なる重大事案と思はないものはなからう、然るに其取扱が
してない。何を物語るものであるか強盗傷人の基礎をなす窃盗の家宅侵入の事実が
なかつた為ではないか、捜査官憲の怠慢とか捜査の不完全とか言ふことを以て納り
を付けることは出来ない家宅侵入の事実がなかつたのであると疑ふ余地はないもの
と思へる他面原判決に引用した原審証人B、Cは被害者組合の理事である原判決に
引用した両人の証言中にある通り同組合は数回盗難に逢ひ犯人不明な状態にあつた
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ので両人としてはどうしも犯人を捕へなければ責任が果されない立場にあつたので
ある換言すれば捕へることに必要を痛感して居つたのである殊に被告人には傷を与
へて居るのである家宅内に侵入して来たと言はなければ傷けたことを正当化するこ
とが出来ない両人である。それに原判決に引用したBの証言中にある訓練用の棒薙
刀は組合の事務室にあつたと言ふのであるが、終戦後殆んと一ケ年を経過した頃事
務室にあつたとは受取りがたい又事務室の板張には素足で歩いた程度のものが僅か
に見へたイリコの這入つた袋にも血もついて居つたと言ふのであるが之は警察や検
事局や予審や一審公判では表はれなかつた事実である棒薙刀のことは検事調べのと
き始めて言ひ出したのである。尚原審証人Cもイリコの袋に足跡らしいものと血痕
が附着しているのに気付いたと言ふし居るのである之もB同様原審て始めて言ふの
てある、而して之が家宅に侵入した証拠になつているのである措信価値の問題では
ない客観的見地からは社会常識に訴へ引用することを許されない証言であると信ず
る確かに実験則の違反であると信ずる。敢て上告の理由となし原判決の破毀を求め
る」というにある。
しかし、原判決は、その引用に係る各証拠を綜合して所論の事実を認定したもの
であつて、この認定は、その基礎とされた各証拠を綜合するにおいて之を肯定する
に十分である。論旨は或は本件検挙当初の手続経過に徴し家宅侵入の事実の疑ふべ
き所以を論じ、或は証人B並びに同Cの各証言の証拠価値なき所以を縷々論述する
のであるが、仮りに所論の如き事情があつたとしても、必ずしも右証言の信憑力を
皆無ならしめないばかりでなく、右証言のほか、検証の結果、その他の証拠をも斟
酌してなされた原審の事実認定を妨ぐるに足りない。論旨は、いずれも結局原審の
専権に属する証拠の取捨若しくは事実認定を論難するに帰着し、上告適法の理由と
ならない。
よつて、刑事訴訟法第四百四十六条に則り主文の通り判決する。
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この判決は裁判官全員の一致した意見である。
検察官幸節静彦関与
昭和二十二年十二月十五日
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 岩 松 三 郎
裁判官 沢 田 竹 治 郎
裁判官 真 野 毅
裁判官 斎 藤 悠 輔
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